今回は高血圧についてのお話です。今年(2009年)日本高血圧学会から出ている高血圧の治療ガイドラインが新しくなりました。 日本には4,000万人にも上る高血圧の患者さまがいるといわれています。高齢化社会、食塩の多い食事習慣があること、糖尿病、慢性腎臓病の増加、また最近では特に男性で欧米並みの内臓肥満に起因するメタボリック症候群の増加により、高血圧だけではなく、他の心血管病の危険(※注)因子を伴う症例が増え大きな問題となっています。このようなことから、また家庭血圧計の普及などに即して、より日本人に適した高血圧治療が出来るよう、新ガイドラインでは血圧値の高さや他の危険因子を持っているかにより層別化して管理計画を立てること、降圧目標がより厳格になったこと、家庭血圧を含め24時間に渡り血圧を管理する重要性などが示されました。
血圧が高いと何故良くないか、それは高血圧があると、年齢に関わらず心血管病、特に脳卒中の危険が高まるからです。脳卒中は寝たきりや認知症の原因となることからも、その危険因子の一つである高血圧の予防、治療は大きな課題になっています。近年日本の脳卒中死亡率は低下しており世界一の長寿国となっていますが、これは国民の血圧水準の低下が大きく貢献しているといわれています。血圧が高いほど脳卒中の危険は大きくなりますが、脳卒中の半数以上が軽症高血圧(160/100mmHg未満)の患者さまでも起こっており、さらに強力な高血圧管理が必要です。
血圧を測ってみてこの値は本当なのかと思うことがありませんか?血圧はとても変動しやすく通常の測定環境でも大きく上昇してしまうことがあります。診察室では少なくとも2回以上の診察時に測って高血圧の診断を行ないます。また、診察室で血圧が上ってしまう“白衣高血圧”が知られており、そのため最近ではほとんどの高血圧患者さまに家庭血圧を測定して頂いています。家庭血圧は上腕で測るタイプの血圧計が良いとされています。朝は起床後1時間以内、排尿後朝食前に座って1,2分安静後に測ります。夕は就寝前に座って1,2分安静後に測ります。朝夕それぞれ一回ずつの測定でもよく、安静後に測ると、一回だけでも二,三回測っても長期的には平均値の差はわずかと云われていますが、血圧の変動性も評価の対象となりますので何回か測った場合はすべての測定値を記載して下さい。家庭血圧では135/85mmHg以上が高血圧の基準となりますので、それ以上の値が続けば受診をお勧めしますが、測定値に一喜一憂したり、振り回される必要はなく測定自体が不安になったりする場合は無理に測定しなくても構いません。
逆に診察室での血圧は正常で家庭(特に朝の血圧上昇)や職場など診察室外での血圧が高い場合、診察室だけの血圧測定では高血圧がマスクされてしまうという意味で“仮面高血圧”といわれ、喫煙、アルコール、ストレスなどの関与もあるとされています。高血圧治療では自宅でも診察室でも治療目標値を達成する事が重要です。
高血圧の治療はまず生活習慣の修正が重要です。食塩の取り過ぎは血圧上昇の原因となります。減塩の目標は一日6g以下をめざしますが、現状では日本人の平均食塩摂取量は11-12gを超えており、今以上の工夫が必要です(*)。野菜、果物には血圧を下げる効果があるといわれているカリウムが豊富に含まれていますが、腎不全の患者さまは高カリウム血症を来す危険があるので推奨されません。糖尿病や肥満のある方は果糖の多い果物は控えましょう。コレステロール摂取を制限し、魚(魚油)は積極的摂取がお勧めです。減量も大切で、肥満のある方は目標に達しなくとも4-5kgの減量で血圧が下がると言われています。定期的な有酸素運動(1日30分程度を週5日以上)は有効ですが、心疾患をすでに合併している場合は注意が必要です。アルコールは一時的には血圧を低下させますが、長期間の飲酒は血圧上昇や脳卒中の原因となります。節酒はアルコールで1日20-30ml(日本酒一合、ビールなら中ビン一本、女性や体の小さい方はこの半分)が目標です。喫煙は心血管疾患の誘因であるため是非禁煙しましょう。禁煙治療は保険適応となっていますので、ご相談下さい。寒冷で血圧が高くなる事が知られており冬季には防寒に気を付けましょう。また、情動ストレスで一時的に血圧が上る事があり、そのような場合はリラックスすることが大切です。
降圧薬が必要となることもあります。色々なタイプの降圧薬があり、どの薬も一日1回の服用が望ましく、薬を飲んだ翌朝の家庭血圧を測定し服薬方法の変更を考慮します。しかし実際に降圧目標に達している患者さまは半数以下でしかありません。降圧不充分な場合は積極的に薬を増量するか、場合により一種類ではなく、複数の薬を併用することもあります。目標血圧に達するためには3種類くらい必要なこともあるといわれています。特に糖尿病や慢性腎臓病、臓器障害がすでに進行している場合はより強力な高血圧管理が必要です。また、今回のガイドラインでは高齢者においてもすべての年齢層で140/90mmHg未満をめざすことが重要であるとわかりました。しかし高齢の方では副作用やQOL(生活の質)に注意し緩やかに降圧します。動脈硬化が強い場合は下がりすぎにも注意が必要です。
最近第4の生活習慣病として睡眠時無呼吸症候群が注目されています。睡眠時無呼吸症候群では早朝の血圧が高く、夜間の無呼吸を治療(持続性陽圧呼吸療法)することにより血圧も改善がみられます。当院でも行なっておりますので昼間の眠気や強いいびきがある場合などはお問い合わせ下さい。
多くの内容が盛り込まれた新しいガイドラインについて二回に渡りご説明しましたが、実際の医療の現場ではこのガイドラインを道しるべとして患者さまお一人お一人に適った治療方針が必要なことはいうまでもありません。血圧について気になられる方は一度ご相談下さい。
*減塩のポイント
汁物(味噌汁、スープ類など)はお椀1杯で約2gの塩分があり、なるべく汁物は控えましょう。麺類はうどん、そばは5-6g、ラーメンはなんと7-8gもの塩分が含まれます。つゆは残しても麺は汁を吸っているので注意が必要です。
加工食品(梅干、たくあん、かまぼこ、ソーセージ、干 干物など)は塩分が多いため出来るだけ控え、新鮮な な材料を利用しましょう。調味料(味噌、しょうゆ、そ ソースなど)も塩分が多く、味付けは酸味や香辛料、香 香味野菜を利用すると減塩でも美味しく頂けます。
食品の栄養表示は食塩量ではなくナトリウム量で記載されておりナトリウム表示の場合は2.5倍する必要があります(例;ナトリウム1g⇒食塩2.5g)また、どれくらいの塩分をとっているかは栄養士による質問調査や24時間蓄尿によるナトリウム排泄量測定で評価することができます。当院でも栄養指導や蓄尿検査を行なっております。
※ 注)危険因子とは?:
高齢、喫煙、糖尿病、脂質異常症、内臓肥満、心血管病の家族歴など